きりしぐれ日記 <夜を翔ける>

誰のためでもない、眠れぬ己が夜のために…

キムチというおみやげ

キムチ 韓国の取引先の担当者からキムチをもらった。
 空港やデパートで売っているおみやげ用ではなく、彼の奥さんが作ったキムチである。
 
 こうした心づかいは珍しくない。ぼくが大のキムチ好きだと知っている他社の担当さんからも手作りキムチをいただくことが多い。やっぱり、口に合う合わないがあるのはいたし方ない。
 たとえ口には合わなくても、ぼくはありがたくいただくことにしている。その家の伝統と真心を思えば、「口に合わない」などという表現そのものが不謹慎きわまりない。
 
 奥さんが家族のためい作ったキムチを異国のぼくのために届けてくれたその真心が貴い。 持ち重りのする荷物である。においがもれないように気を配り、日本についてからも発酵が進まないように工夫しながら届けなくてはならない苦労を思えばただただ頭が下がる。
 おみやげとしてはかなりやっかいなシロモノである。 
  
 今回いただいたキムチはことのほか美味しかった。今朝の二度目のミーティングに先立ち心からの謝辞を述べた。
 「いいなぁ。あんな美味しいキムチをいつも食べているなんて……」と言いかけてハタと気づいた。
 そう、彼は生粋の韓国人ながら辛いものがからっきし苦手だったのだ。

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だれのための進化なのか

 今朝の新聞記事で今日が22日だと気づいた。
 「ウィンドウズ7」の発売で、昨夜、午前零時の発売解禁とともに秋葉原に人が集まったという記事だ。「ウィンドウズ95」や「98」発売のときのニュースを思い出す。

 ぼくがワードプロセッサからパーソナルコンピュータに乗り換えたのは97だった。あれから12年、ぼくのパソコンへの依存度は年を追って深まっている。世間のパソコンやインターネットへの依存度の傾斜ぶりはもっと濃厚である。

magazines 『日経ビジネス』と『ニューズウィーク日本版』のふたつの週刊誌がはからずもウェーブ・ネタを今週のトップ特集にしているのもやっぱりウィンドウズ7の発売を意識したからなのかもしれない。
 「グーグル」と「クラウド」は、現代の最先端のキーワードである。
 
 今夜、某パソコンメーカーの役員と食事をした。話の途中、彼が発した言葉が象徴的だった。
 「オレたちはいま、グーグルやアップルのために汗を流しているとしか思えない」
 何年か前までは「オレたちはマイクロソフトの奴隷のようなものだ」と自嘲的に言っていたような記憶がある。
 マイクロソフトからグーグルへ変わったところに時代を感じる。
 
 クラウドが予言し、描いてみせる可能性に富んだ明るい未来図をぼくは容易に信じることができない。
 デジタル時代は何を豊かにしたのだろうか? 仕事の効率はたしかに長足の進歩を遂げた。だが、情報通信技術のあまりに急速な進化に産業界は右往左往せざるを得ず、結局、グーグルに代表される一部の成功者だけに富が集中していく。
 
 『ニューズウィーク』の記事によれば、クラウドは、コペルニクスの地動説、ダーウィンの進化論、フロイトの精神分析に次ぐ人間の存在を再定義する「第4の革命」だという。
 たしかに、恩恵が多い反面、それと同等か、それ以上の破壊力も秘めている。
 
 クラウドが破壊し、再構築していくであろうその先にある新しい世界をぼくは想像さえできない。きっと、あっという間にその日がくるのだろうけど……。
 そのとき、世界を支配しているのはグーグルなのか、それともグーグルさえも斜陽の迷路に追いやられているのか。

 混沌は続く。

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八千穂高原の秋の味

     komadeike
 信州の東部に位置する八千穂高原へ通いはじめて20年あまりになる。白樺の美しい高原である。
 冬期以外、年に3〜5回ほどキャンプで訪れている。

シナノスイート 今年7月のキャンプで、顔見知りの地元の方から、「秋になると、それは美味しいりんごが出るからね」と情報をいただいた。特別の“りんご好き”というわけではないが、“それは美味しいりんご”というフレーズにしびれた。
 
 9月のキャンプでは、“それは美味しいりんご”の時期を確認した。
 「だいたい10月のなかばだけど、こればっかりは陽気まかせだから……」
 それでもいい。10月の体育の日がらみの連休は八千穂高原でのキャンプがわが家の不動のスケジュールなのだから。
 
 出かける寸前に台風18号が列島を襲った。幸いにして連休前に通り過ぎてくれたが、長野各地でりんごに被害があったと報道されて、いささかヤキモキしながらの出発だった。
 
 高原の入口に位置する土産店に、果たして、りんごはたくさん並んでいた。たまたまだろうが、たくさんの観光客が見せの内外にいた。
 ほかの品種のりんごはたくさんあるのに、目指す「シナノスイート」は一袋しか台の上にない。ひったくるようにして手に取った。店の奥さんが笑顔で「いらっしゃい」と出てきてくれた。
 
 「間に合いましたね」と言いながら、シナノスイートの袋詰めを奥から出してきた。なんだ、あわてることはなかった。
 奥のカウンターでは、シナノスイートを宅配便で送る手続きの列ができていた。みんな美味しいのを知っているらしい。
 
 たしかに美味だった。ご近所へのおみやげのほか自分たち用に家に持ち帰った10個の大半が1週間しないうちに胃の中に納まった。
シナノスイート2 しかし、東京のスーパーや八百屋でもふんだんに売っているのを知ってショックを受けた。20〜30パーセントほど少々値は張るが、形はきれいだった。
 
 八千穂のシナノスイート(写真上)は1個になってしまったので、昨日、行きつけの八百屋で4個買ってみた(写真右)。家に帰りつくとすぐに皮を剥いて食べてみた。
 ひと口で、「あっ!」と声を上げたほどの違いがあった。それなりには美味しいけど、ジューシーさで八千穂産にまるでかなわない。
 
 たった1個残った八千穂のりんごを、さてさて、いつ食べようか。来年まで会えないのだから、せいぜい心していただこうと思っている。
 
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ハロウィンって…

ハロウィン 街でやたらにオレンジ色のかぼちゃを見かける。一様に目、鼻、口がくりぬかれたり、あるいは描かれたりしている。ハロウィンの飾りつけなのはいうまでもない。

 いったい、いつからハロウィンがこの国に上陸してきたのだろうか。
 数年前、ぼくの住む町でも、10人ばかりの子供たちがハロウィンの装束で近所をまわっている光景を見て、ひどく違和感を感じたことがあった。
 一昨年の経験だけど、隣の街では駅前の商店街がハロウィンの衣装コンテストをやっていた。そこに参加するために集まった家族連れの数に驚いたものだ。

 わが同胞たちは異文化、とりわけ欧米のそれらが好きなのだなとしみじみ思う。クリスマスをはじめ、宗教的な行事や祭礼までも、宗教色を簡単に排し、リクリエーションのレベルで導入してしまう。
 ときには自分たち流にアレンジして……。バレンタインデーがその好例だろう。
チョコレート業界の陰謀と知っても好都合ならば簡単に乗っていく。
 
 ハロウィンというアメリカでの祭りをこの国の年中行事に加える意味がどこにあるのかぼくには理解できないけど、退屈の日々にあってなにかとにぎわいを演出するには、時期的にも、見かけでもちょうどいいイベントである。
 つまり、年末前の空白を埋めることができるだろうし、エキゾチックな雰囲気を可能にしてくれる。
 主役のカボチャはなかなかに可愛い。ハロウィンとカボチャの関係は知らないけど、このカボチャ、ちゃんとキャラが立っている。

halloween2 ハロウィンのなんたるかなどどこ吹く風、極東の島に封じ込められてきたDNAに刻まれた海の彼方への憧憬が、今後、どんな意味づけをしてハロウィンという行事をこの国に定着させていくのか、楽しみに観察していたい。
 
 それにしても、右の写真からこの国の伝統的な妖怪である「から傘小僧」を連想してしまうのはぼくだけだろうか。

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大型台風が接近中

 超大型の台風18号が近づいています。
 午前零時に近いいましがた、家人がベランダの引き戸を開けたら外の風雨が強くなりはじめているのがわかりました。
 
 まもなく近畿から東海地方のどこかに上陸するとテレビが伝えています。伊勢湾台風並の勢力だと報じられていますが、さて、そう言われてどれほどの人が伊勢湾台風をイメージできることやら。
 
 たしかに伊勢湾を中心に未曾有の被害をもたらした台風ではありましたが、あれからすでに50年、体験した人々の多くが鬼籍に入り、人々の記憶も伝聞も希薄になっているはず。
 
 また新たな悲しいドラマが記されないことをひたすら祈るばかりです。

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