きりしぐれ日記 <夜を翔ける>

誰のためでもない、眠れぬ己が夜のために…

むしろ落葉に魅せられて

091119落葉 紅葉ばかりを追いかけてきた10年余りだった。
 地球温暖化のあおりを食らったせいだろう、真に紅葉と呼べる美しい秋はもうない。
 涼しさ、寒さが早くやってきた今年に期待したけど、やはり不満が残った。
 
 世間知らずのガキならともかく、さんざん生きてきたいい年をした連中までもが三流の紅葉を見て「きれいだ」などと口走っている姿を見ると呆れてしまう。
 その歳まで、おまえは何を見て生きてきたんだ……と。
 
 紅葉よりも落葉に気持ちが移りだしたのは、真にきれいな紅葉を失い、絶望したからではない。落葉の饒舌な表情を見つけたからである。
 一枚一枚の落葉に表情がある。まさに無限の表情だ。
 
 落葉に魅せられて、足元を眺めながら歩く喜びを知った。なんと豊饒な秋の美しさだろうか。

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空気が読めない

喫茶店 他社でのミーティングを終え、次のミーティングの場所までの小1時間を途中の喫茶店へ入って過ごした。気になっている案件に関するメールが入っているかもしれないので、パソコンをインターネットにつなぎたかったからだ。

 店に入ると煙草のにおいに眉をひそめたくなるが、禁煙席は入口近くにあってたまたまひとつだけ空いていた。この店の席の大半が喫煙席で、禁煙席はほんの少しだというがひと目でわかった。
 コーヒー1杯を飲むだけの時間である。煙草のにおいはがまんして席についた。
 
 メニューを見て、ウエートレスにコーヒーを注文しながら、この席に座ったことを悔やんだ。すぐ隣の喫煙席にいる4人の若い女性グループのけたたましい笑い声とおしゃべりの喧騒がその理由だった。近くの大学の女子学生だろう。
 
 ぼくは学生のころから喫茶店で過ごす短い時間が好きだった。本を読むわけでも、音楽を聴くわけでもなく、ただ、ぼんやりとして30分から1時間近くを過ごす。コーヒーの味をとやかく言う趣味はない。何よりもその香りを楽しんできた。 
 昔は、そんなひとときをじゃまされることなどめったになかった。だれもが節度をもって同じ空間の時間を共有していた。

 ほかの客など眼中になく、自分たちだけの世界しか見えないグループやカップルが増えた。彼ら流に言えば、「空気が読めない」ということだろう。4人いてもひとりとして自分たちの傍若無人ぶりに気づいていない。
 駅の構内で通路に立ちはだかっておしゃべりに興じるグループも増えた。注意をしても、なぜ、たしなめられたのかわからないらしく、眉をひそめて見返すだけで動こうともしない。
 
 喫茶店の4人の騒がしさに店の側も知らん顔だし、客たちも無関心でいる。きっと、当たり前すぎる光景に、もはやだれも注意する気になんかなれなくなっているのだろう。

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キムチというおみやげ

キムチ 韓国の取引先の担当者からキムチをもらった。
 空港やデパートで売っているおみやげ用ではなく、彼の奥さんが作ったキムチである。
 
 こうした心づかいは珍しくない。ぼくが大のキムチ好きだと知っている他社の担当さんからも手作りキムチをいただくことが多い。やっぱり、口に合う合わないがあるのはいたし方ない。
 たとえ口には合わなくても、ぼくはありがたくいただくことにしている。その家の伝統と真心を思えば、「口に合わない」などという表現そのものが不謹慎きわまりない。
 
 奥さんが家族のためい作ったキムチを異国のぼくのために届けてくれたその真心が貴い。 持ち重りのする荷物である。においがもれないように気を配り、日本についてからも発酵が進まないように工夫しながら届けなくてはならない苦労を思えばただただ頭が下がる。
 おみやげとしてはかなりやっかいなシロモノである。 
  
 今回いただいたキムチはことのほか美味しかった。今朝の二度目のミーティングに先立ち心からの謝辞を述べた。
 「いいなぁ。あんな美味しいキムチをいつも食べているなんて……」と言いかけてハタと気づいた。
 そう、彼は生粋の韓国人ながら辛いものがからっきし苦手だったのだ。

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だれのための進化なのか

 今朝の新聞記事で今日が22日だと気づいた。
 「ウィンドウズ7」の発売で、昨夜、午前零時の発売解禁とともに秋葉原に人が集まったという記事だ。「ウィンドウズ95」や「98」発売のときのニュースを思い出す。

 ぼくがワードプロセッサからパーソナルコンピュータに乗り換えたのは1997年だった。あれから12年、ぼくのパソコンへの依存度は年を追って深まっている。世間のパソコンやインターネットへの依存度の傾斜ぶりはもっと濃厚である。

magazines 『日経ビジネス』と『ニューズウィーク日本版』のふたつの週刊誌がはからずもウェーブ・ネタを今週のトップ特集にしているのもやっぱりウィンドウズ7の発売を意識したからなのかもしれない。
 「グーグル」と「クラウド」は、現代の最先端のキーワードである。
 
 今夜、某パソコンメーカーの役員と食事をした。話の途中、彼が発した言葉が象徴的だった。
 「オレたちはいま、グーグルやアップルのために汗を流しているとしか思えない」
 何年か前までは「オレたちはマイクロソフトの奴隷のようなものだ」と自嘲的に言っていたような記憶がある。
 マイクロソフトからグーグルへ変わったところに時代を感じる。
 
 クラウドが予言し、描いてみせる可能性に富んだ明るい未来図をぼくは容易に信じることができない。
 デジタル時代は何を豊かにしたのだろうか? 仕事の効率はたしかに長足の進歩を遂げた。だが、情報通信技術のあまりに急速な進化に産業界は右往左往せざるを得ず、結局、グーグルに代表される一部の成功者だけに富が集中していく。
 
 『ニューズウィーク』の記事によれば、クラウドは、コペルニクスの地動説、ダーウィンの進化論、フロイトの精神分析に次ぐ人間の存在を再定義する「第4の革命」だという。
 たしかに、恩恵が多い反面、それと同等か、それ以上の破壊力も秘めている。
 
 クラウドが破壊し、再構築していくであろうその先にある新しい世界をぼくは想像さえできない。きっと、あっという間にその日がくるのだろうけど……。
 そのとき、世界を支配しているのはグーグルなのか、それともグーグルさえも斜陽の迷路に追いやられているのか。

 混沌は続く。

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八千穂高原の秋の味

     komadeike
 信州の東部に位置する八千穂高原へ通いはじめて20年あまりになる。白樺の美しい高原である。
 冬期以外、年に3〜5回ほどキャンプで訪れている。

シナノスイート 今年7月のキャンプで、顔見知りの地元の方から、「秋になると、それは美味しいりんごが出るからね」と情報をいただいた。特別の“りんご好き”というわけではないが、“それは美味しいりんご”というフレーズにしびれた。
 
 9月のキャンプでは、“それは美味しいりんご”の時期を確認した。
 「だいたい10月のなかばだけど、こればっかりは陽気まかせだから……」
 それでもいい。10月の体育の日がらみの連休は八千穂高原でのキャンプがわが家の不動のスケジュールなのだから。
 
 出かける寸前に台風18号が列島を襲った。幸いにして連休前に通り過ぎてくれたが、長野各地でりんごに被害があったと報道されて、いささかヤキモキしながらの出発だった。
 
 高原の入口に位置する土産店に、果たして、りんごはたくさん並んでいた。たまたまだろうが、たくさんの観光客が見せの内外にいた。
 ほかの品種のりんごはたくさんあるのに、目指す「シナノスイート」は一袋しか台の上にない。ひったくるようにして手に取った。店の奥さんが笑顔で「いらっしゃい」と出てきてくれた。
 
 「間に合いましたね」と言いながら、シナノスイートの袋詰めを奥から出してきた。なんだ、あわてることはなかった。
 奥のカウンターでは、シナノスイートを宅配便で送る手続きの列ができていた。みんな美味しいのを知っているらしい。
 
 たしかに美味だった。ご近所へのおみやげのほか自分たち用に家に持ち帰った10個の大半が1週間しないうちに胃の中に納まった。
シナノスイート2 しかし、東京のスーパーや八百屋でもふんだんに売っているのを知ってショックを受けた。20〜30パーセントほど少々値は張るが、形はきれいだった。
 
 八千穂のシナノスイート(写真上)は1個になってしまったので、昨日、行きつけの八百屋で4個買ってみた(写真右)。家に帰りつくとすぐに皮を剥いて食べてみた。
 ひと口で、「あっ!」と声を上げたほどの違いがあった。それなりには美味しいけど、ジューシーさで八千穂産にまるでかなわない。
 
 たった1個残った八千穂のりんごを、さてさて、いつ食べようか。来年まで会えないのだから、せいぜい心していただこうと思っている。
 
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